月別アーカイブ: 2016年3月

今日の聖書/「日から日へと、御救いの良い知らせを」詩篇96篇2節

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 私に日々が与えられていることの意味は、神さまの救いを伝えるためです。
 救われた人は誰かを救います。
 救われたのは、救うためです。

 中高生のキャンプの中で、中学生の子が「自分は神さまに愛されていることを知っているけれど、みんなは知らない。クラスの人にイエス様のことを伝えたい」と言ってくれました。
 おとなしい印象の子だったので、ちょっと驚きました。
 「それは、心からの思いなの?」と尋ねると、うなずきました。
 「じゃあ、お祈りしようね」とあとで共に祈ったことでした。
 自分には力も勇気もないけれど、思いがあるならきっと、神さまが力もことばも与えてくれることでしょう。

 大切なことは、自分が救われていることを知っているということ。それを心から喜ぶということです。
 そうすれば、良い知らせを心にしまい続けることはできず、どうしても誰かのために祈り伝えずにはいられないのです。

「そのとき、悪霊を追い出された人が、
 お供をしたいとしきりに願ったが、
 イエスはこう言って彼を帰された。
 『家に帰って、神があなたにどんなに
  大きなことをしてくださったかを、
  話して聞かせなさい。』
 そこで彼は出て行って、イエスが自分に
 どんなに大きなことをしてくださったかを、
 町中に言い広めた。」ルカ8:38-39

今日の聖書/「きょう、もし御声を聞くなら」詩篇95篇7節

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 神さまの語りかけを誰もが頂いています。
 もし、自分の名が呼ばれているのを感じるなら、その機会を無駄にしてはなりません。
 たしかに、明日も神さまは呼んでくださるでしょう、しかし人生は無限ではありません。

 私たちは昨日に戻れないし、明日のことも分かりません。
 「今」をのみ生きています。
 今、神さまがあなたに語られるのなら、応答するべきなのも今です。

「イエスは彼らに言われた。
『まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。
 やみがあなたがたを襲うことのないように、
 あなたがたは、光がある間に歩きなさい。
 やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。
 あなたがたに光がある間に、
 光の子どもとなるために、光を信じなさい。』
 イエスは、これらのことをお話しになると、
 立ち去って、彼らから身を隠された。」
  ヨハネ12:35

今日の聖書/「もしも主がわたしの助けでなかったら」詩篇94篇17節

  
神様と私の絆がなかったら・・・。そう想像すると、詩人と同じ結論に至ります。

私のたましいは沈みこみ、浮上することはありません。

イエス・キリストによって明らかにされた神さまの永遠の愛。それがわたしの心の土台であり、生きる希望であり、生活の指針です。

それほどまでに明確に、また絶対的に、神さまは愛によって私を捉えました。この恵みの手応えの中で、今日を歩めることを感謝します。

「また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」マタイ28:20

YBA(中高生)キャンプなうなう。

背後のお祈りに感謝です!   

     

今日の聖書/「聖なることがあなたの家にはふさわしい」詩篇93篇5節

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聖なる人が教会に来るのではありません。
だとしたら、誰も教会にはこれません。

 教会は罪人の集まりです。
 しかし、教会にはキリストの赦しがあります。
 罪が悔い改められ、皆の生き方が変えられ続けていく場所、それが教会です。

「そこで、イエスは答えて言われた。
『医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
 わたしは正しい人を招くためではなく、
 罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。』」
  ルカ5:31-32

2016年3月27日イースター礼拝説教/「新しいいのち」ローマ人への手紙 6章4-11節

■宣教:「新しいいのち」
            ローマ人への手紙 6章4-11節

■音声ファイル⇒こちらです。