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2016年1月31日主日礼拝説教/「誠実を愛そう」コリント人への手紙第1 4章1-5節

■宣教:コリント人への手紙第1 4章1-5節
   「誠実を愛そう」

●礼拝録画

●録音・・・こちらです。

今日の聖書/「豊かな楽しみを、心ゆくまで」詩篇36篇8節

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 聖書は私達を、神さまとの豊かなつながりに導きます。
 世の中の他の場所では得られない心の楽しみが、神さまの所にあるのです。
 それは、愛される喜びです。

 イエス・キリストの十字架の救いは、全ての人を包み込みます。
 私という小さな罪人が、心のすべてを明け渡すとき、キリストは私の心をとらえ、満たしてくださるのです。
 結局のところクリスチャンとは、「キリストとつながった人」に他なりません。
 そのつながりの中に生きるなら、豊かな楽しみを心ゆくまで味わう生涯をいただくことができるのです。

「神は真実であり、その方のお召しによって、
あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの
交わりに入れられました。」
第1コリント1:9

年報完成〜

  
教会総会は2/7です。

神さまに期待しつつ♪

今日の聖書/「休みない中傷の中で」詩篇35篇15節

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 ダビデは、正しくあろうとし、信仰に従って生きようとしました。
 神さまもそんな彼を祝福されました。
 しかし、彼はねたみと憎悪のまとになることもあり、激しい圧迫や中傷にさらされることもありました。

 陰口や悪巧みの対象になる、というのは、非常なストレスです。
 私は社会経験に乏しいので、きっと現実に社内でのいびりや競争にさらされている人たちの境遇に置かれたら、ひとたまりもないでしょう。
 
 そんな目に遭ったささやかな経験もあるにはありますが、それは私にとって大きな苦痛であり、自分の心に起こる様々な負の感情を持て余したものです。
 ましてや、ダビデのように休みなく中傷される身の上は、どんな苦悩であったことでしょう。

 しかし、彼はその中でも自分を見失うことをしなかったのです。彼は絶え間ない非難の中で、神さまと自分のつながりを握りしめています。
 人になんと言われようと、本当のことは神さまが知ってくださっているのです。そして、神さまは必ず現状に介入して、状況を変えてくださるのです。
 そんな信仰が彼を支え、彼の口に賛美を生み出したのです。

 これからも、神さまのみことばに従って行くときに、あらぬ攻撃を受けることがあるかもしれません。
 そんな時は、人を恐れず、また道を曲げず、期待を込めて神さまを見つめる者でありたいと願います。

「しかし、わたしはあなたがたに言います。
 自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」
   マタイ5:44

今日の聖書/「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。」詩篇34篇8節

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 主の素晴らしさ。
 それは、主の愛の素晴らしさであり、主の救いの素晴らしさです。
 あらゆる境遇、あらゆる悩みに、神さまは介入してくださり、素晴らしく助けてくださいます。

 親が子を、大きく愛し、決して見捨てないように、神さまは私たちを見捨てることなく、心と生活を満たしてくださいます。

 この方の愛を疑う必要はありません。
 もっとも大きな犠牲さえも払われた神は、ご自分により頼むものに最善のことしかなさいません。

「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ
 惜しまずに死に渡された方が、どうして、
 御子といっしょにすべてのものを、
 私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」
   ローマ8:32

今日の聖書/「私たちの魂は主を待ち望む。」詩篇33篇20節

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 神さまに目を注ぐ人たちが、私の周りにはいます。
 彼らの宝は財産ではなく、この世の力でもありません。
 弱さを覚え、自信もなく、経験にも乏しかったりします。
 ただ、信仰だけがあるのです。

 私は彼らの信仰がまっすぐなのを知っています。
 そして、神さまは必ずその信仰に応えてくださると信じているのです。

 私も弱く、貧しく、信仰しか持たない少年でした。
 その信仰も、自分でつちかったのではなく、憐れみで受け取り、恵みによって育まれたものでした。
 しかし、その信仰ーすなわち神さまとの絆ーは、永遠の宝というべき力あるものでした。

 神さまご自身が私の助けとなり、盾となって守り、救い続けてくださるのです。

「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。
 そうすれば、それに加えて、
 これらのものはすべて与えられます。」
   マタイ6:33