月別アーカイブ: 2015年3月

今日の聖書/「誠実とは、約束を守ること」ヨシュア記21章43節

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 イスラエルの民は決して神さまに誠実であったとは言えません。
 しかし、神さまはどこまでも誠実でした。

 誠実とは、約束を守ることです。
 聖書を読む人は、書かれている約束を疑う必要はありません。
 神さまはいつだって、約束を守られました。
 一つもたがわず、みな実現したのです。
 そこまでして守るのですか・・というくらいに、一度立てた約束を守り続けます。

 イエス・キリストは、誠実のゆえに十字架の死にまでも従われました。
 それ以外に私たちを救うすべがなかったからです。

 永遠に信頼できる約束のことばをいただきながら、今を生きていけることに感謝します。

「損になっても、
 立てた誓いは変えない。」
詩篇15:4

今日の聖書/「逃げ場を用意される神さま」ヨシュア記20章5節

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 12部族の割り当て地が決められる中で「逃れの町」も定められています。
 これは、過失で人を死に至らしめてしまった人が、私刑からまぬがれるための居場所です。

 そういう人のための逃げ場も用意するようにと規定されているところに、神さまの細やかさと優しさを見ることができます。

 私たちも、時として追い詰められたり、おびやかされたりすることがあります。
 しかし、神さまはどんな時も私達の逃げ場となってくださるお方です。

「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。
 神は真実な方ですから、あなたがたを、
 耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。
 むしろ、耐えられるように、
 試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」
  第1コリント10章13節

2015年3月29日主日礼拝説教/斉藤泉師「十字架上の主の愛」ルカの福音書23章32-49節

■宣教:斉藤泉師
    ルカの福音書23章32-49節
    「十字架上の主の愛」

●礼拝録画


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●メッセージ音声録音⇒こちらです。

今日の聖書/「多くを持つのは分け与えるため」ヨシュア記19章9節

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 「どうして神は差別を作り出すのか」という質問を昨日いただきました。
 それに対する返事として、「神さまが差別を作ったのではないです」と答えました。
 分け与えることをしない人間が、時代の格差や差別を作っているのではないでしょうか。

 イスラエルの部族がそれぞれの割り当て地を決める時、多くの面積を得ていたユダ族は、シメオン族に土地を分譲しています。
 多くを持つのは、このように分け与えるためです。

 なぜ、自分だけが豊かになろうとするのか。
 そこに、人間の罪の本質はあぶり出されます。

 改めて、すべてをささげ尽くしてくださったイエス・キリストのことを思います。
 いのちまでも与えてくださった救い主の愛。その愛を知った人は、恐れることなく分け与える力を得ることができるでしょう。

 私もまた、惜しみなく分け与えることをさせてください。
 受ける喜びよりも、与える喜びを知るいのちを生きさせてください。

「兄弟たち。あなたがたは、
 自由を与えられるために召されたのです。
 ただ、その自由を肉の働く機会としないで、
 愛をもって互いに仕えなさい。」
ガラテヤ5:13

今日の聖書/「いつ行くの?」ヨシュア記18章3節

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 せっかく約束の地に入ったのですが、多くのイスラエルの部族は、一箇所にあつまったままでグズグズしていたようです。
 「与えられた地」といっても、行けば敵がいるわけです。神さまの御心とは知っていて、勝利の約束のことばも頂いてるわけですが、こわいものはしかたがなかったわけです。

 そして今日の箇所でヨシュアにおしりをたたかれているのです。

 新約聖書の時代の私たちのミッションは、部族同士の戦いではありません。
 言うなれば「愛の戦い」です。
 誰かを助けるために近寄ることであり、面倒な人に関わることです。
 また、イエス・キリストを知らない人に、救いを届けることです。

 「あ、これは神さまからのミッションだな」と確信が与えられたら、立ち上がるべきです。
 今がその時なのです。

 イエス・キリストはいつも、「時」を理解しておられました。
 イエス様が公に活動したのは、わずか三年半だったのです。
 もしもぐずぐずしていたら、あっという間に過ぎ去ってしまう期間ですが、その短い期間に世界の救いにかかわることばと行いを全うなさいました。

 私達の「時」を主にささげる時、私たちは神さまのみわざの素晴らしさを目撃することでしょう。

「イエスは彼らに言われた。
『わたしについて来なさい。
 あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。』
 彼らはすぐに網を捨てて従った。」
   マタイ4:19-20

YBA春キャンプ終了

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 たった一泊二日ですが、たくさんの気持ちがあつまって、はじけて、新しく生まれた喜びを持ち帰ったキャンプでした。
 ただ、集まるだけ、なのに、どうしてこんなに楽しいのでしょうね。
 
 でも、ただ、あつまるだけの二日間を企画・運営するのには、多くの祈りと労力もささげられました。
 見えるところ、見えないところで思いをこめて働いてくださったひとりひとりに感謝です。
 
 キャンプのスタッフをしたくてもできなかったので、祈りのスタッフで加わります、と言ってくれた青年もいましたよ。(ありがとう)

 個人的には体調が不十分なままの参加になった私を、皆さん気遣い、愛し、支えてくださいました。
 今まで持っていた「ダメリーダー」の称号は、最高(低)位のものだと思っていましたが、さらに昇格して「お荷物リーダー」のタイトルを手に入れた私でした。

 無事生還し、感謝をしているところです。

 講師のハジメ先生は、その名前の「創」そのもののメッセージを展開してくださいました。
 神の創造のわざは、全世界をつくるダイナミズムをもって、一人の人を作り替える新しいみわざでもあるのですね。
 恵みはただ主にあることを確認しできたキャンプでした。

「だれでもキリストのうちにあるなら、
 その人は新しく造られた者です。
 古いものは過ぎ去って、
 見よ、すべてが新しくなりました。」
  第2コリント5章17節