月別アーカイブ: 2014年7月

今日の聖書/「祝福の器に召されている」ペテロの手紙第1 3章9節

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 クリスチャンは「祝福を受け継ぐために」召されている、と記されています。
 神さまは、ご自分を信じる者に祝福を惜しまれません。

 そんなクリスチャンの使命は、自分が祝福を受けるだけではなく、他者の祝福を祈ることです。
 自分を祝福しない人、悪を行ったり、侮辱してくる人にも、復讐ではなくて祝福をもって返すように、と記されています。
 祝福とは、「神とともにあって、この人が幸いであるように」と祈ることです。
 なんで、自分を侮辱する人にそんなことを・・と、私たちは思いがちですが、実は他者の祝福を祈ることは、私たちの心を苦々しさから守るという意味で大きな恵みです。

 祝福を祈っても、私たちから祝福は去っていきません。神は無限に祝福してくださるからです。
 かえって、自分に敵対する人の祝福を祈る時、私たちはさらに自由と平安を心に感じることでしょう。

「この希望は失望に終わることがありません。
 なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、
 神の愛が私たちの心に注がれているからです。」
   ローマ5:5

中高生キャンプ8/11-13 締め切り迫る♪(最終締め切り8/3)

 今日の朝の祈祷会を終えて、お昼を食べに外に出たところで中学生にばったり。
 「キャンプ!行く行く!」ということで、一人追加。
 すばらしい講師に、楽しいプログラム。きっとかけがえのない夏のひとときとなるでしょう。
 対象は中1〜高3。申し込みの最終締め切りは8/3とのことです。
2014YBA夏キャンプチラシ

2014YBA夏キャンプチラシ改

今日の聖書/「キリストの打ち傷のゆえに」第1ペテロ2章24節

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 風変わりな表現かと思いますが、「私を救うこと」というのは困難な事業であったと思います。
 私は屈折しており、罪と癒着しており、偽りを好み、疑い深い少年でした。
 クリスチャンとなってからも、古い性質は色濃く残り、安定せず、傲慢でした。

 その私を救い、愛を教え、導きつづけ、そして私のしでかしたことの全責任を負われたのは、十字架のキリストです。
 私はこの方の打ち傷のゆえに救われました。
 今も、この方の愛によって育まれ、取り扱われ続けています。

 人を本当に助けることが出来るのは、その人のために生きる人であり、また死ぬ人です。
 この方の愛の中に、一人の小さな私が、今日も生かされています。

「幸いなことよ、喜びの叫びを知る民は。
 主よ。彼らは、あなたの御顔の光の中を歩みます。」
  詩篇89:15

ジョイ・スタディ始まりました。

 夏休みの宿題教室をしてほしい、という親御さんの要望により、昨年から始まったジョイスタディ。
 今年も始まりました。

 優秀なスタッフのおかげで、すばらしく集中して小学生〜大人がそれぞれの課題に取り組んでいます。
 すご・・。
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今日の聖書/「聖さと愛」ペテロの手紙第1 1章22節

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 神が聖であるように、私たちも聖くありなさい、と聖書は教えます。
 汚れから離れて聖くありたい、というのはわたしたちの誰もが求めるところです。
 しかし実際には、心は罪を生み出し、聖く生きることができません。
 秘訣はどこにあるのだろう、と聖書に聞くと、「愛」が秘訣であることを思わされます。

 神を愛し、人を愛するとき、人は聖さへと導かれます。
 たとえば人に接するときに、その人を真に愛していれば、よこしまな思いは排除されます。
 愛がわたしたちを自由にし、また守るのです。

 愛と欲望は矛盾し、同時には存在できないからです。
 私たちがキリストを見つめるなら、愛がわたしたちを支えます

 心を込めて神を愛し、また隣人を愛したいと思います。
 聖い関わりをするために。

「しかし、愛する人々よ。
 あなたがたは、自分の持っている
 最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、
 聖霊によって祈り、神の愛のうちに自分自身を保ち、
 永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストの
 あわれみを待ち望みなさい。」
   ユダの手紙 20節

今日の聖書/「祈り”だけ”ではなく祈り”こそ”」ヤコブの手紙5章16節

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 「ある人のために祈るしかできない現状ですが・・・祈るだけでいいんですか?」という質問を昨日頂きました。
 「祈るだけでいいんです。というよりは、祈りこそあなたの力です。」というようなお返事をしたことでした。

 祈り「だけ」ではなく、祈り「こそ」祝福をもたらします。
 真に人を救うのは、神さまです。
 祈りは、空を越えて、海も越えて、遠く離れた友に祝福をもたらします。
 私の浅薄な知恵では及びもつかない助けを、神さまは与えるお方なのです。

 ああ、私に祈りがあるということを、喜びたいと思います。
 愛をもって祈る者とならせてください。

「いつでも祈るべきであり、
 失望してはならない・・・」
   ルカ18章1節