カテゴリー別アーカイブ: 第1歴代誌

今日の聖書/「純粋な献身」歴代誌第1 29章14節

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 どんなに神さまのために多くをささげても、ダビデ王もイスラエルの民も、自分たちの献身をほこったりしませんでした。
 彼らはよく分かっていたのです。いっさいのものは、神さまからの贈り物であって、その中からささげたのに過ぎないことを。
 自分の奉仕を誇るというのは、心のエネルギーの無駄遣いであり、不純な思いをまぜこむことです。
 私たちはどこまでのびやかに、純粋に自分を神さまにささげていくことを願います。

 そのために、私の持てるすべてはーいのちも時間も能力も環境もー神さまからのプレゼントであることを、感謝したいと思います。

むしろ、あなたがたはこう言うべきです。
「主のみこころなら、私たちは生きていて、
 このことを、または、あのことをしよう。」
  ヤコブ4:15

今日の聖書/「奉仕の心得」歴代誌第1 25章8節

※読み飛ばしていたことがわかったので、本日は25章を読みました。
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 神殿での賛美をささげる音楽奉仕者についての章です。
 ここから、教会における奉仕の心得に通じるいくつかのことを見ることができます。

1.最高のものをめざしていました。
  彼らは達人といわれるレベルまで達していました。

2.後継者を育成していました。
  弟子がいて、達人を目指していました。

3.神さまの前には平等でした。
  達人も弟子も、当番の組み分けにおいては同じようにくじびきしました。
  神さまの前には、みなが同じ一人の奉仕者だったのです。

 私もまた、神さまに仕えるものとして、最高のものをめざし、また先輩から学び、若い人を育て、同時に謙虚にひとりの小さなしもべとして自分をささげ続けていきたいと思います。

あなたがたもそのとおりです。
自分に言いつけられたことをみな、してしまったら、
『私たちは役に立たないしもべです。
 なすべきことをしただけです』と言いなさい。
 ルカ17章10節

今日の聖書/「事を成し遂げなさい」歴代誌第1 28章20節

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 神さまは、「仕事を完成してくださる方」です。
 人にはそれぞれ、成し遂げるべき神さまからの仕事があります。
 時として、それがとても成し遂げられる気がしなくて、逃げ出したくなります。あきらめたほうが気が楽に思える時もあります。
 しかし、神さまにあって強く、雄々しく取り組むなら、成し遂げることができるのです。
 神さまがご一緒におられて、見放さず、見捨てず、主のためのすべての奉仕を完成してくださるからです。

 シカゴのムーディー大は、大きな働きをする大学であり国際的な伝道の一つの拠点でしたが、ある壁にD.L.ムーディがここで祈った、と書かれたプレートがありました。
 まだ何も無いときに、一つの祈りからこの驚くべき大事業は始まったのです。
 

ダウンタウンのただ中に広がるムーディー神学大学のキャンパス

ダウンタウンのただ中に広がるムーディー神学大学のキャンパス

”彼がひざまずき、この土地を聖書学校建設のために神に願った場所”

”彼がひざまずき、この土地を聖書学校建設のために神に願った場所”


 みことばを握りしめて祈りつつ、希望に燃えて進む人は幸いです。

この希望は失望に終わることがありません。
なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、
神の愛が私たちの心に注がれているからです。
 ローマ5:5

今日の聖書/「祝福を限定しない」歴代誌第1 27章23節

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 神さまはダビデに、人口を数えるな、と言われました。
 ダビデは自分の民の数を把握したいと願いましたが、それはさらに増やし続けるという神さまの祝福を限定することでした。

 私がアメリカのムーディ神学大学で見たものは、世界中にみことばを伝えに行くために学びにいそしむ青年たちでした。
 彼らは世界中から集まり、シカゴのダウンタウンで伝道しながら、聖書と各専門の二重専攻をして、卒業後の働きに備えていました。

 聖書の約束と、その宣教の命令を握って、前を向いて歩み続けていたのです。
 その中には日本に遣わされることを希望する学生たちもいました。
 クリスチャンがいっこうに増えない日本。世間体や世俗主義にしばられて、先進国でもっとも教会の敷居が高い国。
 しかし、彼らは主の祝福を信じて、祈り備えていたのです。

 私もまた、神さまがどのようなすばらしいわざを行ってくださるかに期待しつつ、導かれる道に踏み入りたいと願います。

それゆえ、あなたがたは行って、
あらゆる国の人々を弟子としなさい。
そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを
守るように、彼らを教えなさい。
見よ。わたしは、世の終わりまで、
いつも、あなたがたとともにいます。
  マタイ28:19-20

今日の聖書/「主の仕事、王への奉仕」歴代誌第1 26章30節

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 王への奉仕に先立って「主の仕事」と記されています。
 32節でも「すべて神に関する事がら、王に関する事がら」という順序の表現があります。

 イスラエルの民にとって、神さまは王に先立つ存在でした。
 王に仕えるよりも、神に仕える事のほうが意識されているのです。

 牧師である私は「神と教会に仕える」という新約聖書の表現を思い出します。
 目に見える教会のひとりひとりに仕えるということは、まずは神に仕える思いの中でひとりひとりを見る、ということです。

人にではなく、主に仕えるように、
善意をもって仕えなさい。
  エペソ6:7

今日の聖書/「生活の中心としての礼拝」歴代誌第1 24章1節

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 礼拝の奉仕にあたる者達の組み分けについて、この章は書かれています。
 これはつまり、ダビデの時代のイスラエルにとって、礼拝が国家の中心的な働きであったことを示しています。

 神への礼拝は、国家を支える基盤であり、生活の中心だったのです。

 そしてこのことは、クリスチャンの人生にも共通して言うことができるでしょう。
 神さまとのつながりこそ、私達の日々のいとなみの中心です。

あなたの宝のあるところに、
あなたの心もあるからです。
マタイ6:21