カテゴリー別アーカイブ: 創世記

今日の聖書/「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことの計らいとなさいました。」創世記50章20節

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 満たされた人は、人の悪にいつまでもこだわりません。

 出来事の源流に、神の愛を見つけるからです。
 悲しみの先に、希望を見出すからです。

 もしもわたしたちが、人のした悪から目をいったん離すことができるなら、
 そしてみことばを語られる愛なる神に心を向けるなら、
 私達もまた満たしと望みを味わえるでしょう。

 主よ。
 私の心、眼と耳を、あなたに開く今日を歩ませてください。

「悩む者には毎日が不吉の日であるが、
 心に楽しみのある人には毎日が宴会である。」
  箴言15章15節

今日の聖書/「時代を越えてキリストを見つめる」創世記49章10節

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 ヤコブ(イスラエル)は、死の直前に自分の子どもたち一人ひとりに祝福を与えます。やがて十二部族となる息子たちです。
 その中でユダへのことばは際立っていました。

 王権はユダ族から離れない、とヤコブは言いました。
 王どころか、自分たちの領地さえ持たない一族であったのにもかかわらず、数百年後のダビデ王朝を預言したのです。
 さらに来るべき救い主もユダ族から出る、とイエス・キリスト預言と思われる祝福も語っています。これは、1700〜1800年後を言い当てたことになります。

 そして、この言葉通り王たちもイエス・キリストもユダ族から出ることになります。

 時代を越えて、ヤコブの目はキリストを見つめています。
 そしてそれは、ヤコブに祝福を語らせた神さまの眼差しです。

 神は人を愛し、歴史を越えて救いの計画を進めるお方です。

「あなたがたは、
 聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、
 聖書を調べています。
 その聖書が、わたしについて
 証言しているのです。」
   ヨハネ5:39

今日の聖書/「最後の力を祝福のために使う」創世記48章2節

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 老衰に加えて、死に至る病にイスラエル(ヤコブ)はかかりました。
 彼が最後の力をふりしぼってしたことは、子供たちを祝福することでした。

 彼もまた父イサクの最後の祝福を受け取りました。
 人が子に継承できる最大の遺産は信仰の喜びです。
 生涯が旅であったヤコブにとって、神様との絆こそすべてにまさる宝でした。
 人生の旅路は神によって確かにされます。

 イエス・キリストの最後を思わされます。
 イエス様は弟子たちの足を洗い、それからパンとぶどう酒を分かち合われました。
 ご自分の愛を余すところなく伝えてくださったのです。

 最後まで良きものを与える生涯に憧れます。
 それはきっと、常に良きものを与える日々の先にあるのでしょう。

「信仰によって、ヤコブは死ぬとき、
 ヨセフの子どもたちをひとりひとり祝福し、
 また自分の杖のかしらに寄りかかって礼拝しました。」
   ヘブル11:21

今日の聖書/「最後の力を希望のために使う」創世記47章31節

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 イスラエル(ヤコブ)に残された時間と体力はわずかでした。
 彼は声をふりしぼって、息子ヨセフに、自分の遺体は約束の地カナンに埋めるように、と指示します。
 彼はそこを目指して旅をしました。神さまの約束を見つめ続けて彼は死のうとします。
 そして、ヨセフが約束をしたときに、寝床で寝たままおじぎをした、と記されています。
 
 老いた体にはそれが精一杯でした。
 それでも彼は息子に対しておじぎをします。
 また、それは約束の神へのおじぎでもあったでしょう。
 彼は最後まで神との関わり、人々との関わりにおいて、誠実でした。
 その気力を支えていたのが、信仰であり希望だったのです。

 イエス・キリストの十字架における態度もまた、周囲の人を驚かせるものでした。
 自己の保身ではなくて、人々のために神のみこころを果たすことだけを見つめていたからです。

 死の向こうに永遠の住まいを用意してくださっている神に感謝します。
 私達には行くべき場所があります。
 その約束を握って、最後まで神と人に誠実な歩みをさせてください。

「これらの人々はみな、
 信仰の人々として死にました。
 約束のものを手に入れることはありませんでしたが、
 はるかにそれを見て喜び迎え、
 地上では旅人であり寄留者であることを
 告白していたのです。」
  ヘブル11章13節

今日の聖書/「ことが動く時、神もまた語られる」創世記46章4節

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 イスラエル(ヤコブ)にとって、大きな変化の時が訪れました。
 神様が命じた約束の地はカナンでしたが、そこからエジプトに移るように、と命じられたのです。
 これは大きな軌道の変更でした。
 しかし、息子ヨセフとの奇跡の再会は明らかに神様のみわざでした。
 また、ヨセフが招くエジプトに行かなければ家族は飢えてしまう状況でした。
 さらに決定的なことに、神様はことばをもってエジプト行きを語られたのでした。

 そしてヤコブは年老いていたのにもかかわらず、エジプトへ旅立ちます。

 大きな変化が人生に起こるとき、神様はこのように平安と確信を与えてくださる方です。
 みこころが示されたなら、大胆に従っていきたいと思います。

「したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、
 あわれんでくださる神によるのです。」
   ローマ9:16

今日の聖書/「人を恨まなくても良いだけの恵みがある」創世記45章8節

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 エジプトの統治者となったヨセフにとって、兄弟たちのしたことはもはや恨みの対象ではありませんでした。
 確かに兄弟はかつて、ヨセフを殺そうとしました。
 しかし、今は立場はすっかり逆転しています。
 恐ろしいほどの神様の恵みの計画を目の当たりにしました。
 神の愛に触れ、また家族を愛する思いを捨てきれず、ついにヨセフは兄弟を赦したのです。

 彼の心は本当に平安であったことでしょう。
 誰かを恨む心に安らぎはありません。

 「あの人のせいで・・・」と思うようなことがあっても、実際に現状を見つめると神様の守りと祝福の中に置かれていることに気づきます。
 人を恨む必要はありません。神様が満たしてくださるのですから。

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。
 愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、
 自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず・・」
   第1コリント13:4-5