カテゴリー別アーカイブ: ルツ記

今日の聖書/「ここに愛がある」ルツ記4章6節

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 死んだエリメレクの土地を、親族たちは買い取ろうとしませんでした。
 その土地を買うなら、エリメレクの息子(彼も死んでいました)の嫁である、モアブ人のルツをめとることになったからです。
 それはつまり、異邦人の女から生まれてくる子どもに自分の資産を取られることにもなりかねないことでした。

 しかしボアズは、その土地を買い取ったのです。
 それはつまり、ルツの悲しみや将来も買い取るということでした。
 ボアズの行動は、ただ神への誠実さとルツに対する愛によってのみ説明できます。

 人は善い行いをしたいと願います。
 しかし本当の善い行いは、絶対に必要な条件として「愛」を要求します。
 愛によってのみ乗り越えられる行動というものがあるのです。

 イエス・キリストの十字架の理由をここに見ることができます。
 私の罪を背負い、私自身を買い取ってくださったキリスト。
 ここに神の愛があるのだ、ということを、改めて教えられるルツ記でした。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから
目を離さないでいなさい。
イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、
はずかしめをものともせずに十字架を忍び、
神の御座の右に着座されました。
 ヘブル12:2

今日の聖書/「とにかく、朝までおやすみなさい」ルツ記3章13節

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 若いやもめのルツは、夜ボアズの寝床に行き、助けを求めます。
 それに対してボアズは、「主は生きておられる」と語り、そして「とにかく、朝までおやすみなさい」と言うのです。

 それはつまり、
 欲望のままに彼女を取り扱うことをしない、ということであり、
 彼女を助けるために全力を尽くすから、安心なさい、ということです。

 このボアズはイエス・キリストの予言的な型(タイプ)であると言われます。(実際に彼はルツと結婚し、ダビデ〜イエス・キリストの家系の祖先となります。)
 ボアズが行う「買い戻し」とは、ルツと結婚し、土地を取り戻して、すべてを回復させるというものでした。それは自分の人生を費やして、失われた人生をとりもどしてあげることでした。まさにイエス様がしてくださったことと重なります。

 私たちが不安な夜、神さまに助けを求めるとき、「とにかく、朝までおやすみなさい」と神さまは言ってくださるお方です。
 神さまが、私達を愛で守り、責任をもって助けを与えてくださるからです。

私は身を横たえて、眠る。
私はまた目をさます。
主がささえてくださるから。
  詩篇3:5

今日の聖書/「主のそばにいればいい」ルツ記2章8節

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 モアブ人で未亡人のルツは、落ち穂拾いをして姑と自分の糧を得ようとします。
 彼女は、信仰によって神により頼んで生きる女性でした。
 そして、神さまは彼女に大きな恵みの計画を用意されていました。

 彼女が落ち穂を拾いに行った畑こそ、彼女の将来の伴侶となる名士ボアズの土地だったのです。
 ボアズはルツの健気さと誠実さに打たれて、彼女のために落ち穂を拾いやすくさせます。
 他の畑に落ち穂を拾いに行かないように、ということばは、いつもそばにいなさい、という主の語りかけと重なります。

 人生に行き詰まったとき、あせったり、自分のものさしで判断したりしないで、まずは主のそばにいることです。
 その上で、なすべきことをしつつ、時を待つのです。
 
 第一にすべきことを、第一にするとき、神さまの美しい計画の目撃者となることができるでしょう。

神が私たちに与えてくださったものは、
おくびょうの霊ではなく、
力と愛と慎みとの霊です。
    第2テモテ2:1

今日の聖書/「主にあってきちんと悲しむ」ルツ記1章21節

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 クリスチャンは、いつも微笑んでいなくてはならないわけではありません。
 悲しい出来事があったなら、悲しいと泣けばいいのです。
 そして、すべてを神さまにゆだねて生きているのなら、「神さまが私のこんなつらい目に合わせたのです」と訴えればいいのです。

 ルツのしゅうとめナオミは、夫に先立たれ、二人の息子を失い、異邦人の嫁ルツととともに悲しみの帰郷をしました。

 しかし、彼女はそこで思いもかけない喜びの将来を知ることになります。
 その時はじめて、苦しみは苦しみで終わらないこと、神さまには大きな計画があることを知るのです。

 主にあってきちんと悲しみ、主にあって大いに喜ぶ。
 信仰者はそんなあるがままの祈り手であればよいことを思わされます。

 イエス・キリストが十字架に架かられたということは、私たちの人生に最悪のことは起こりません。
 それは、キリストが身に引き受けてくださったのです。

今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、
測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。
  第2コリント4:17