カテゴリー別アーカイブ: ヨブ記

今日の聖書/「大盾」詩篇5篇12節

img_0684.jpeg
 神の愛は大盾である、と歌われています。
 大盾とは、全身を守る大きな盾です。
 神さまの愛の守りは、頭からつま先まで、すべてを囲むのです。

 私はその愛の中で守られて、一年を終えます。

「父がわたしを愛されたように、
 わたしもあなたがたを愛しました。
 わたしの愛の中にとどまりなさい。」
   ヨハネ15:9

今日の聖書/「あなたにはすべてができること」ヨブ記42章2節

img_0491.jpeg
 ヨブは、ついに念願を果たします。
 彼の確信は間違っていませんでした。
 神さまは生きておられ、彼の苦しみも喜びに変えてくださると彼は信じていました。
 理解できない窮状も、大きな神さまのみ心の中にあるはずだ、と。

 しかし、実際に神さまの語りかけを聴くとき、一つだけ彼は自分の誤算を知らされました。
 神さまは偉大な方だ、とヨブは考えていました。
 けれど、本当の神さまは、それ以上に大きな方だったのです。

「あなたには、すべてができること、
 あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、
 私は知りました。」
   ヨブ記42:2

今日の聖書/「恵みは一方的に」ヨブ記41章11節

img_0460.jpeg
 神さまに、私たちがどれほどのささげものをしたからといって、当然のように神さまのむくいを期待するべきではありません。
 なぜなら、もとからすべてのものは神さまのものだからです。
 私たちが今吸い込んでいる空気すら、私たちは自分で作ってはいません。

 神さまに要求できる当然の権利なんてないのです。
 圧倒的な恵みの中で、今も一秒ごとに生かされているのですから。

 ただ、感謝をお伝えしつつ、愛を受け、みことばに耳を傾け、へりくだって神さまとともに歩むことを、神さまは願ってくださっています。

「主はあなたに告げられた。
 人よ。何が良いことなのか。
 主は何をあなたに求めておられるのか。
 それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、
 へりくだってあなたの神とともに
 歩むことではないか。」ミカ6:8

今日の聖書/「あなたに何と口答えできましょう。」ヨブ記40章4節

IMG_0412
 ヨブはついに、神さまからの答えを聞きます。
 神と語り合いたい、というのが、彼の願いでした。
 この苦しみの意味を、神さまに問い正したい、と。

 しかし、神さまの前に出るということは、とてつもなく恐ろしいことだ、ということをヨブは思い知りました。
 誰ひとりとして、神さまに口答えできる存在などないのです。
 ヨブは地上で随一の信仰者でした。しかし、そのヨブですら、神さまを過小評価していたのです。

 「どうして、こんなことが・・」という出来事に直面することがあります。
 意味もわからければ、希望も見つからない、というような事態です。
 しかし、大切なことはどんな問題に直面しているか、ではありません。
 誰とともにいるか、です。

 神さまの御手の中で生かされていることを知るなら、この方の存在そのものを希望として、暗闇の中でも目の前の一歩に足を踏み出すことです。

わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、
あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。
あなたがたは、世にあっては患難があります。
しかし、勇敢でありなさい。
わたしはすでに世に勝ったのです。
  ヨハネ16:33

今日の聖書/「造り主の大きな御手の中で」ヨブ記39章27節

img_0397.jpeg
高い山に登ったとき、さらに高い上空を悠々と舞う鳥を見ることがあります。
人間の手が届かない、翼を持つ動物たちの生態系。
そこもまた、神さまの支配する世界です。

エベレストよりも高く飛ぶ鳥達もいるのです。

この世界を造られた、神さまの大きな御手の中に、私たちは生かされているのです。
しかも、造り主であられる神さまが、人となって私達を救うために生まれてくださいました。
クリスマスは目前です。
大きな愛が、この胸に飛び込んできてくださる。そんな恵みのクリスマスを、共に過ごしましょう。

「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。
私たちはこの方の栄光を見た。
父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。
この方は恵みとまことに満ちておられた。」
ヨハネ1:14

今日の聖書/「からすにえさを備えるのはだれか」ヨブ記38章41節

img_0386.jpeg
 ※読みは「からす」

 自然界は、完成されたバランスの中ですべてが営まれています。
 この整った生態系のシステムに、人は驚かされ続けています。

 からすたちは、貯金をすることもないし、未来の不安にさいなまれることもありません。
 しかし、神さまがそれらを生かしてくださっています。

 こんな風にこまやかに、いのちの責任を担ってくださる神さまは、私達一人ひとりのことも豊かに配慮してくださいます。
 思いわずらいを捨て、期待を持ってこの方とともに生きていけばよいのです。

「空の鳥を見なさい。
 種蒔きもせず、刈り入れもせず、
 倉に納めることもしません。
 けれども、あなたがたの天の父が
 これを養っていてくださるのです。
 あなたがたは、鳥よりも、
 もっとすぐれたものではありませんか。」
   マタイ6:26