カテゴリー別アーカイブ: ヤコブの手紙

祈祷会ショートメッセージ録音ファイル「偽りのことばではなく」ヤコブ5章12節

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録音ファイルはこちらです。

今日の聖書/「祈り”だけ”ではなく祈り”こそ”」ヤコブの手紙5章16節

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 「ある人のために祈るしかできない現状ですが・・・祈るだけでいいんですか?」という質問を昨日頂きました。
 「祈るだけでいいんです。というよりは、祈りこそあなたの力です。」というようなお返事をしたことでした。

 祈り「だけ」ではなく、祈り「こそ」祝福をもたらします。
 真に人を救うのは、神さまです。
 祈りは、空を越えて、海も越えて、遠く離れた友に祝福をもたらします。
 私の浅薄な知恵では及びもつかない助けを、神さまは与えるお方なのです。

 ああ、私に祈りがあるということを、喜びたいと思います。
 愛をもって祈る者とならせてください。

「いつでも祈るべきであり、
 失望してはならない・・・」
   ルカ18章1節

今日の聖書/「戦うよりも祈ればいいのに」ヤコブの手紙4章2節

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 争いや戦争が起こるのは、欲望に起因すると、聖書は端的に教えます。
 わたしたちが人と争うのは、自分の内にある様々な欲求を解決するためです。
 自尊心のために争い、金銭のために争い、独占欲のために争います。
 戦争はその規模を大きくしたものであり、根本は同じです。

 戦うのではなく祈りなさい、と聖書はすすめます。
 真にわたしたちの心を満たすことができるのは、神さまだけだからです。

 あなたの心をいら立たせ、平和を失わせる欲求はなんでしょうか?
 心の求めを素直に神に祈り求めることです。
 いたずらに、愛すべき人たちと対立し、戦うべきではありません。

「義の実を結ばせる種は、
 平和をつくる人によって
 平和のうちに撒かれます。」
   ヤコブの手紙3章18節

今日の聖書/「ことばが矛盾する時」ヤコブ書3章10節

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 ことばが矛盾するとき、それは心に矛盾があるときです。
 心によいものがあれば、よい言葉を話します。
 悪いものがあれば、悪い言葉が出てきます。

 神を賛美する口で、人を悪く言うのは、私の心に二心があるからです。
 改めて、私のことばを再点検したいと思います。

 純真でありたいのです。
 それこそ、神さまが私に与えて下さる最良の知恵なのですから。

「しかし、上からの知恵は、
 第一に純真であり、
 次に平和、寛容、温順であり、
 またあわれみと良い実とに満ち、
 えこひいきがなく、
 見せかけのないものです。」
  ヤコブの手紙3章17節

今日の聖書/「えこひいき」ヤコブ書2章1節

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 偏った愛と書いて偏愛(へんあい)と読みます。
 誰かを他の人よりも特に愛することです。

 ほんとうの愛は、分けへだてはしないものです。

 親は子どもを分けへだてなく愛するべきだとは思いますが、実際にはそれはなかなかできません。
 親も人間ですから、完全ではないのです。

 しかし、神にはえこひいきはありません。
 イエス・キリストが十字架に架かられたのは、すべての人のためです。
 この混じりけのない愛を知った時、私にも愛が分かりました。

 自分に無いものを持つ人を見ると特に好ましく思えたりしますし、社会的地位が高い人の前では萎縮したりします。しかし、それは愛ではないのです。比較と共に働く愛(価値愛)だからです。
 人にはそれぞれとびきりの良いものがあって、魅力のない人などいません。それを発見出来ないのは私の弱さであって、期待をもって交わることです。
 イエス・キリストはすべての人のために十字架に架かられたのですから。

「神にはえこひいきなどはないからです。」ローマ2:11

今日の聖書/「教えられやすい者とならせてください」ヤコブ書1章21節

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自分のたましいを救う秘訣は、こころの汚れのままに生きるのではなく、みことばに心を開いて、教えられやすい心を大切にすることです。

また、祈りにおいても素直に、あるがままの思いを祈ることです。

わだかまりの無い神との対話をするために、私たちはこの美しい世界に造られました。