カテゴリー別アーカイブ: テモテへの手紙第二

今日の聖書/「絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい」テモテへの手紙第2 4章2節

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 伝道者の使命の中に、「常に教育的であること」が記されています。
 それはいつも「説教臭い人」と思われるリスクがあることを意味しています。
 物分りよく、なんでもOKする人のほうが世間では好かれるでしょう。
 しかし、みことばに照らしあわせて善悪を伝え、またひとりひとりがキリストに向かって成長するために、伝道者は語り続けなければなりません。
 なぜなら、それが愛するということだからです。
 愛は、責め、戒め、勧めることで、人々に救いと幸福をもたらすことです。
 そして同時に愛は「寛容を尽くす」ことです。刺々しいことばや冷たい態度を取るべきではないでしょう。
 
 こんな素晴らしい人生の教師を目指すことは、私には荷が重いことです。
 しかし、神さまがそれを命じてくださっているのです。つまり、神さまがその歩みを助け導いてくださる、ということです。

「(愛は)すべてをがまんし、すべてを信じ、
 すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。」
   第1コリント13:7

今日の聖書/「草は枯れ、花はしぼんでも」テモテへの手紙第2 3章14節

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 「虚偽」ということばが、新聞に踊ることの多い時代です。
 その新聞すらも、どこまで中立なのかも疑わしい時すらあります。

 世界はあわただしく移り変わり、かつての常識が覆されることもしばしばです。
 確かなものを人は求めるけれど、むなしく失望することが少なくありません。

 そんな時、神の変わらないことばの確かさをしみじみと思います。
 子どもの時に私を支えたみことばは、今もおなじ輝きと温度をもって、私を支えています。
 これからも変わることがないでしょう。
 不純物をもたない真理のことばは、風化することも変質することもありません。
 
 神のことばが心にあるということ。
 それは、心に、不変の基礎を持つということです。
 幼いころは、ことばは、目に見えない不確かなものでした。
 しかし今は、神のことばこそ移り変わる現象の中で、変わることのない力にあふれた真実だと知っています。

「草は枯れ、花はしぼむ。
 だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。」
  イザヤ書40章8節

今日の聖書/「主のしもべが争ってはいけません。」テモテへの手紙第2 2章24節

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 そのみことばのおかげで、人生において大きな助けを得る、ということがあります。
 冒頭の聖句が、私にとってはそれです。

 「主のしもべが争ってはいけません」
 この聖句が心に響き続けた数ヶ月、というのがありました。
 聖霊がこのみことばを示し続け、ついに耐えられなくなって、仲違いしていた人と和解しました。
 ここまでみことばというものは、迫ってくるのか・・と生ける神のことばの世界に驚いたことでした。

 クリスチャンは争ってはなりません。宗教戦争など言語道断です。宗教を争いの大義名分に使ってはなりません。聖書が争ってはならない、と教えているからです。

 人間関係の中で、いわれのない争いに巻き込まれることがあります。
 腹立たしい仕打ちを受けることがあります。
 でも、それが何だと言うのでしょう。「主のしもべが争ってはいけない」のです。
 言い分があるなら、優しく、忍耐強く語ればいいのです。
 勝つ必要などまったくないのです。大切なことは、相手を救い、また自分を憎悪の闇から救い出すことです。

 もう一度、自分の人間関係を見渡したいと思います。
 私の心の地図の中に、紛争地帯はないでしょうか?
 速やかな武装解除と、平和的交渉の決断をさせて頂きたいと思います。
 個々人がそれを出来ない限り、世界にも平和は訪れません。

「私たちは愛しています。
 神がまず私たちを愛してくださったからです。」
  第1ヨハネ 4:19

今日の聖書/「私の内におられる方」テモテへの手紙第2 1章7節

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 私は自分を信じることができません。
 しかし、自分を信じています。

 それは、私がもとから持っていた性質ではなく、私の内に住まわれるキリストへの期待です。
 キリストが私を捉えて下さり、キリストとつながった私は力と愛と慎みを味わいました。

 私が信じているのは、私ではなく、キリストと交わる私です。
 救いとは出会いです。
 キリストに出会えた幸いの中に、今日を歩めることを感謝します。

「私たちの見たこと、聞いたことを、
 あなたがたにも伝えるのは、
 あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。
 私たちの交わりとは、御父および
 御子イエス・キリストとの交わりです。」
  第1ヨハネ1:4