今日の聖書/「悲しませるためではなく、救うために」ネヘミヤ記8章11節

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 廃墟となった神殿を建て直し、捕囚から帰ってきた民は、もういちど神さまとともに歩む国を作ろうとしていました。
 そんな中で、聖書が開かれ、律法に関する説教がなされました。
 そのときに彼らは、自分たちの犯してきた罪がはっきりと分かり、悲しみ、涙したのです。
 
 しかし、ネヘミヤやレビ人たちは、悲しむべきではない、この聖なる日を喜ぼう、と語るのです。
 聖書は人を悲しませるために書かれたのではなくて、悔い改めの先にある喜びに導く書物です。
 神さまに近づく人には罪が示されますが、同時に赦しも与えられるのです。

 この恵みは、新約聖書によってますます明確に宣言されることになります。

 イエス・キリストの十字架の救いは、圧倒的な恵みの力をもって、今の時代にも全ての人に差し出されているのです。

「神が御子を遣わされたのは、
 世をさばくためではなく、
 御子によって世が救われるためである。」
   ヨハネ3章17節

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