今日の聖書/「罪は赦されるまでなくならない」創世記44章33節

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 ヤコブの子らは、かつて自分たちの兄弟ヨセフに手をかけました。
 それから長い時間が経ちました。

 そして今、エジプトにおいて末の弟ベニヤミンを失おうとしています。
 この家族の危機に際して、改めてヨセフを殺そうとした罪を兄弟たちは思い出し、罪悪感に責められています。
 思えばずっとヨセフの件は心の闇として一人一人を苦しめていたことでしょう。
 そして今、さらにベニヤミンを失って父ヤコブが絶望するさまを想像するときに、ありありとヨセフの時の出来事を思い出すのです。

 しかし、神さまの計画は偉大でした。
 死んだと思っていたヨセフは生きていて、しかも今目の前でエジプトの大臣として立っているのです。
 再開の喜びも、罪の赦免も、もう目前にせまっています。
 しかし、その前に、ヤコブの子らは自分たちの罪を深く悔いる必要がありました。
 正しく罪を悔いなければ、赦しはその人のためにならないからです。

 私たちが過去の罪を思いおこす時、どうぞそれから目をそらさないで、神さまの前に祈り、正直に告白しましょう。
 自分がどうしようもない罪びとであるのを認めることは勇気のいることです。
 しかし、聖霊は心にせまり罪を示します。
 それは、イエス・キリストの十字架による真の赦しと喜びをもたらすためです。

「神のみこころに添った悲しみは、
 悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、
 世の悲しみは死をもたらします。」
   第2コリント7:10

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